「じゃあ、気をつけて」
「あは、新幹線に乗るだけだよ?」
「帰省ラッシュだし、世の中何かと物騒だし」
至極真面目に言って、ダウンの襟元に手を伸ばしてくる。ファスナーの先を指先で少し弄んだあと、ジ、とほんの少し上げて。
「なあに?」
「べつに。もう時間?」
「あ。うん、そうだね。じゃあ、良いお年を、ね?」
何度取り交わしたかわからない時候の挨拶だが、今年これを口にするのは最後かもしれない。しかも相手が彼というのが、なんとも奇妙な気分にさせる。
「松浦さんも」
にこりともしない甘さの少ない表情にはいくつもの色があり、今はほんの少し不機嫌、いや、拗ねていることがわかる。すっかり東京に根を下ろした長男に、あと二十年、盆と正月に必ず帰省したとしても四十回しか顔を見られないのだと具体的な数字を提示して泣き落としにかかった母親に折れる形で、何年かぶりに正月に帰省する運びとなったこの年末。恋人はもちろん反対などしなかったし、こうやって駅まで見送ってくれているのだが、ポケットに突っこまれているはずの手が春生の袖を引いているように感じる――なんて幻覚を見るくらいには、自分にとっても離れがたい。
「二泊だけだから。すぐ戻ってきちゃうよ」
「うん。迎えに来る」
「もう、甘やかさないで」
思わず吹き出した春生に、心底怪訝そうに首を傾げるから。もう一度笑うふりをして人差し指で唇に触れ、それを中西の冷たい唇にそっと押し当てた。大胆な別れの挨拶をしてしまったと、今さらになって慌てたように心臓が鳴り始めたけれど。彼は鋭利な目元をほころばせて、珍しくもくすりと笑った。
「行ってらっしゃい」