6.
カチ、カチ、カチ、カチ。
ライターのボタンを押す、忙しない音。何度目かでやっと火が付いたらしく、しばらくすると、煙草の匂いが鼻先をくすぐる。
「なぁ」
独特の横柄さのある呼びかけに、顔を枕に埋めたまま無視を決め込む。
「ケーイト」
今度は名前を呼ばれたが、捩れた上掛けの端を抱きしめて、やはり無視することにした。
汗で髪はぺったりと頬や首筋にへばりつき、尻の間やそのずっと奥には、ぬるぬるした不快な感触と、痛みの余韻が熱を持って残っている。
「しょうがねえだろ、俺だって男初めてだったんだから」
咥え煙草の不明瞭さが、彼の口調を言い訳がましく聞こえさせる。慧斗は腕を伸ばして、どちらの所有物かは判らない、セブンスターのケースを手繰り寄せた。身体を起こして、カチ、ライターの火をつける。深く吸い込んで浅く吐くと、吸ったばかりの煙草が横から奪われ、信広に顔を覗き込まれた。
「ケイト…怒った?」
真夜中のワンルームマンションだって、お構いなしにシャワーを浴びる男の、金髪の先から水滴が落ちる。許されることを知っている、可愛子ぶった訊き方を、期待していたのは自分だったのかもしれない。
「…怒ってない、べつに」
ゆるく首を振る慧斗に、信広は満足そうににっこりと笑い、奪った煙草を唇までエスコートしてくれた。吸い口を咥え直し、肺がニコチンに満たされる感覚にうっとりと身を任せていると、信広が今度は少し不機嫌そうに眉を動かす。
「ケイト、お前。外であんまり笑うなよ」
「は?」
「むかつくから」
「…意味判んない」
口癖に近いせりふだったが、思いもよらず、叱られる。
「判れ、それくらい。虫避けって、意味だろ?」
「はぁ…」
「あと」
「何…?」
「先輩って呼ぶの、禁止」
突然の命令に戸惑う慧斗をじろりと見下すと、信広は一度煙草を吸い込み、
「もうお前の先輩じゃねえから、俺」
そう言って煙を吐いた。
「意味判る?」
「あ、うん…」
「判ってんのか、ほんとに…」
疑うような、揶揄うような呟きの後、天井に向けて一際大きく灰色の煙が吐き出される。風のない部屋でしばらくの間淀み、やがて薄まって消えるのを見届け、慧斗はそのままベッドへ仰向けに倒れ込んだ。
ぱたん。
「判った」
2006.07.23