1.
はっと気が付くと、天井の豆電球と目が合う。
暗いオレンジの明かりが灯る、よく知った寝室だ。いつの間に寝てしまったんだろうと記憶をたぐると、ぼんやりと逞しい腕の感触と振動が蘇り、この状況に至るまでの経緯を思い出して意味もなく掛布団を頭まで引き上げる。
――たしか、たぶん。チューハイをコップ一杯呑んだだけで酔っぱらってしまい、呆れ顔の丈に担がれてここに寝かされたんだっけ。
そろりと顔を出し、襖の方を見ると、ほんの少し開いた隙間から明るい光と、その奥からテレビの音やくぐもった話し声が切れ切れに漏れ入ってくる。エディや朝倉もまだいるらしく、大晦日に客人を招いた家の気配とはこういうものなのかと奇妙にくすぐったく感じる。
(あ、この笑い声、丈さんだ)
慣れないけれど決して嫌ではないこの気配をずっと味わっていたいと思いかけて、大変なことに気付く。
今何時だろう、もしかしてもう年が明けてしまったんだろうか。
慌てて布団から出ると、温まった身体がぶるっと震える。
襖を開けた先の居間から、炬燵を中心にめいめいの姿勢で寛いでいた三人が、やはりめいめいの角度でこちらを振り向いた。
「あ、ひなっちゃん、おはよー」
リモコン片手のエディがにっこりと笑い、缶ビール片手の朝倉は無言で微笑みながら丈との間に日夏のスペースを開けてくれる。
「もうすぐカウントダウン始まるよ」
「あ……よかった。寝過ごしちゃったかと思って」
「それでそんな顔してたのか」
吸いさしの煙草を灰皿に置いた丈が、その大きな手で日夏の頭を軽く撫でる。
「だって」
「寝癖ひどいぞ」
反駁する日夏の頭をさらに揶揄うように二、三度撫でると、マルボロの煙いにおいのする手は離れていった。
「ひなっちゃん、よく寝てたね」
「すいません」
「こいつに呑ませたお前らが悪い」
「ごめんよ、ひなっちゃん」
「や、あの、俺も呑みたい気分だったから」
雰囲気にあてられて呑んでしまったが、酒に弱い体質が急に治るわけもない。炬燵の上にはうまいところは食い尽くされた風情の鍋が今はもう冷え冷えと取り残されており、その脇にはカニの殻と鶏の骨がぎっしり詰まった皿と、空の缶ビールや缶チューハイがひしめいている。寝ている間に、酒宴はすっかりお開きといった様子だ。けれど、宴の後の食卓も、それを囲む人たちが去ってしまわなければ寂しさはなかった。
「あ、始まるかな」
「もう一回くらいCM挟みそうじゃない?」
「いや、カウントダウンって始まるまではうだうだしてるけど、案外唐突だよ、すぐ終わるし」
「それはある」
「時計見りゃいいだろ」
「――丈さん、鋭い」
「ちょっと便所」
「待って丈さん、始まる、始まった始まった、ひなっちゃん掴まえて」
「あ、はい」
エディの指令に従って、立ち上がりかけた丈の手を掴む。ごつごつして、少しかさついた指。朝倉がテレビにリモコンを向けると、一気に大ボリュームになった画面の向こうから騒々しいカウントダウンの声が聞こえてくる。
「にー、いち」
大きなテロップが踊り、喝采が上がる。
「あけましておめでとー」
口火を切るのはやはりエディで、
「おめでとうございます」
朝倉がそれに続く。
「おめでとさん」
苦笑がちに言った丈が握ったままの手をわざとらしく握り返してみせるので、慌てて手を放す。日夏は崩していた両脚をそそくさと正座にして、三人を見回し、頭を下げた。
「あけましておめでとうございます……あの、昨年はほんとにお世話になりました。今年もよろしくお願いします」
顔を上げてもう一度見回すと、エディの碧い眼にも、朝倉の穏やかな口元にも、横顔の丈の頬にも、温かい笑みが浮かんでいるのがわかる。思わず目の奥がぎゅっと熱くなったのをごまかしたくて、日夏は前髪をくしゃくしゃっと握って引っ張った。