ピロートーク
一見して滑らかだが、躍動するたび隆起の形を変える筋肉。
重たそうなドレッドヘアがベッドに落ちて、跳ね返る。
はぁ、はぁ…荒い息が徐々に治まり、力なくうつ伏せていた慎が肘を立てる。彼の上から退いて腕を引っ張ってやると、引きずり込むような力で引っ張り返され、しばらく笑い合いながらの攻防になる。
腐れ縁、とよく言うが。
大学一年からの付き合いの友人と、今では寝ている。腐っているにも程があるだろう。
なぜか。きっかけと呼べるほど確かなものはない。原因を探れば、恋人としても長かったし、それ以前からカウントすれば十年以上付き合っていた一人の男にやはり突き当たる。別れようと最初に言われた時は何より腹が立ち、どうせしばらくすれば自動的に修復されると高を括ってもいた。そうではなかったことはやがて理解させられ、理解させられる頃にはもう時期を逸していたから。なし崩し的に終わった関係だけが事実として残り、表面上はともかく、慎のように近しい人間に対してはかなり荒れた自覚はある。
寝てやろうか、と、飴でも寄越すように言った彼を。同じく、飴を口に放り込んで噛み砕くように抱いて。関係は一年近くになる。
「なあノブヒロ」
「ん?」
慎の煙草は雑食で、今ヘッドボードに置かれていたのはガラム。殺人的なタールと刺激臭、癖が強くうざったいくらいの甘さがある。首筋を掻きながら慎も煙草に火をつけ、狭いベッドの上が真っ白になった。
「お前さ、ミト選べよ」
名前の中にウサギを飼ってる男、水兎。
慎の店の常連で、後輩。ひいては自分の後輩。ルックスの良いやつは見慣れているが、ある種の美貌であることは確かだろう。誰より本人がそれを熟知しているという、性質の悪さも持ち合わせている。その男に惚れられた、と、実際はそれだけで締め括ることができない複雑さがある。直情的で盲目的な性格をレフト・アイのようだと評したこともあったが、おそらくもっとナイーブでナーバス。リストカットの元常習者は、元、の接頭語をあっさり外してしまった。
「…めんどくせーな」
彼について一言で言うなら、それに尽きる。
「めんどくせーの嫌いじゃねぇんだろ?」
胡坐を組み替えた慎に素っ気なく笑われ、信広は曖昧に首を振った。
「…楽なんだよ。お前が」
「そりゃね。俺はお前に甘いから…お前から切り出さない限り、続けてやるぜ?」
「切り出せって言ってるようなもんじゃねーか」
口の中に広がる甘さが、苦々しい。ベッドから降りてCDを漁り出す慎の背中を眺めながら、そう言えば、一度彼とセックスしている最中に水兎から電話があったと思い出す。何だったか…そう、経済学史の参考書。あの時も慎は、ベッドから降りて信広に背を向けた。
結局CDではなくレコードを選び、プレーヤーにかける。多趣味な男だが、音楽はマニア級だろう。慎がこちらを振り返り、唇から煙草を摘み上げて言った。
「ミトみたいなやつにつけ込むのは簡単なの、俺は。それやらないのは、言っとくけどお前のためじゃない」
慎は水兎を気に入っている、かなり。
表情から察するのは難しいが、余計なことは言わないこの男が、わざわざ口に出して言うのが何よりの確証だ。
「…めんどくせーな」
もう一度呟いて、煙草を灰皿で揉み消した。