Novel >  ベイビー、ベイビー >  Be Home For Christmas2

2.

 日曜の夜を返上して作ったローストビーフと、缶詰を延ばして味を整えたポタージュ、それに簡単な前菜をいくらか。パンとシャンパンの買い付け担当はノアで、フラワーアレンジメントを中心にそれらをセッティングする。両手を組み、ノアが淀みなく感謝と祝いの言葉を述べれば、あとは食べながら話し、話しながら食べるだけ。デザートに飛び入りのブッシュドノエルと、ララ・ダイヤモンドの焼いたジンジャーマン・クッキーまで登場し、思いがけず豊かな晩餐になった。
 しばらくソファーに身を沈めて寛いでいたが、その無言の内に、お互いの意図が一つになっていく感じ。先にノアをバスルームへ通し、ベッド・メイキングをして、交代で摂がバスルームへ。
 冷たいシーツの上に温かい身体を乗せて、もつれ合いながらキスをし、自由に動けばいい。その内に息が上がりはじめ、抑えきれない声が漏れはじめる。
 脱ぐために着たバスローブはいつまでも、腰紐を解かれることなく摂の身体にまとわりついたままだ。開いた胸元をかき分けて、高い鼻筋が乳首をまさぐる。開いた脚をかき分けて、大きな手が太腿を撫で、摂の中心を硬くする。
「あ…っ」
 逞しい彼の身体は、その胡坐の上に少しくらい強引に乗り上げたとしても、揺らいだりしないから。膝が開き、腰が反り上がり、尻が前後左右に振れ、ポーズが許容の限界を求めて大胆になっていくと自分でわかる。筋肉の張った両肩を掴む手も、汗ばんで熱い。
「ノア」
 胸にうずめられた黒い巻き毛の頭を抱きしめる。ついにバランスを失ったノアが背中からベッドに倒れこみ、一緒にダイブした摂を胸板で受け止めた。摂の両頬を手のひらで挟んで、達してしまいそうなくらいねっとりと瞳を見つめ、それから耳たぶに唇を押し付けて。
「…Seth…darling」
 完璧な発音、とろけるような最高のテノール。
 バスローブの裾を大きくめくり上げ、ノアの腹に跨る。鍛えられた腕が伸び、引き寄せられて、唇を求められる。ちゅ。擦れた唇が立てる湿った音と息遣いに満たされながら、ベッドの上を半回転すれば、目に入る彫刻的な美しい顔、肌で感じる燃えるような体温、鼻先をかすめるソープの匂い、世界に存在するのは恋人だけになった。
「ねぇ…」
 声と表情と腰つきで誘うと、切なそうに笑ったノアが、少し背中を丸めて彼の忠実な分身にゴムを被せる。
「ね…おいで」
 従順な動作で、凶暴な切っ先が柔らかいひだに挿し込まれた。
「んっ…あ、あぁ」
 計り知れない圧迫感が身体の中心を貫き、許しを請うように優しい手つきが髪を撫でる。
「せつ…せつ…」
 摂とSethの間、ひどく曖昧に繰り返される息遣い。愛してる、と、囁いたのか囁かれたのか囁き合ったのか。思考を放棄した脳には、ただ、極上の色彩となって快感が満ちていくだけだった。

 

 静寂を侵す電子音。
 はっとして身体を起こすと、時計の時刻はまだ七時にさしかかったばかりだ。出勤時刻にはかなりの余裕があるなと思いながら、ヘッドボードに手を伸ばして携帯電話取り、ディスプレイの名前を確認してから通話ボタンを押す。
「…もしもし」
 性的な余韻を引きずったままの、擦れた声が出た。
『早くにごめんね。まだ寝てた?』
 さくらの明るいトーンに、ようやく現実の朝に引き戻される。
「起きたとこ。どうしたの?」
『プレゼント見たひかるが、興奮しちゃって。せっちゃんとお話したいみたいなの』
 ママ早く、と、せがむ声が聞こえる。
 前もって送ってあったクリスマスプレゼントが、今朝ようやく、サンタクロース経由でひかるの元に届いたのだ。受話器を手渡すかすかな雑音が静まるのを待ち、呼びかける。
「もしもし、ひかる?」
『せっちゃん?せっちゃんもサンタさんにおねがいしてくれたんでしょ?ママがゆってた』
 ポータブルゲーム機と専用ソフトが今年のプレゼントで、摂が買ったのはソフトだった。姉も義兄も自分も、まだ早いという意見ではあったのだが、息子の情熱に両親が根負けして実現したものだ。それ以外にも、二組の祖父母からのプレゼントも届いているはずで、彼が興奮するのも仕方ないだろう。
「うん、まあね。でもひかるがいい子にしてたからだよ」
『うん!ねえ、せっちゃんはサンタさんにプレゼントもらえた?ぼくのぶんまでおねがいしたから、もらえなかった?』
「ひかるが心配しなくても大丈夫。それよりわかってる?ゲームは一日一時間」
『わかってるー』
 はしゃいだ声が遠のき、さくらの苦笑が近づく。
「わかってないね、あれは」
『…わかってないよ、先が思いやられるなあ。あ、英介からもね、ありがとうって』
「どうたしまして。じゃ、俺会社あるから」
 話し足りない気もするが、長電話になるといけない。手短に電話を切ろうとする摂を、電話の向こうの姉が一瞬だけ引き止めた。
『そうだ、せっちゃん、Merry Christmas』
「うん。さくらちゃんも」
 携帯電話を耳から離して、閉じる。
 隣で布団を盛り上がらせている人物もいつからか目覚めていたようで、手枕を作りながらこちらを見ていた。
 目が合って、手のひらが重なる。
「Merry Christmas」
 輪唱のようにわずかにずれて重なった、特別な朝の挨拶。唇を寄せ、目を閉じてたっぷり感触を味わってから、ゆっくりと離す。
「せっかくだから一緒に起きる?」
「ええ、そうしようかな」
「俺もう仕度して行くけど、よかったらゆっくりしてって」
「ありがとう」
「テーブルを片付けておいて、なんて言わないから」
「アーハー、わかってます」
 教職のノアは、既に冬休みが始まっている。とは言えバスケ部の指導は毎日のようにあり、今日も午後から出勤なのだそう。
「もう」
「何か?」
「だ、め」
 裸の背中を悪戯に撫でる恋人の、裸の肩をつねって、摂は暖かいベッドから降りた。

END

 

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