「じゃ、お先です」
「お疲れー」
いつもの挨拶を交わし、いつものようにバイクにまたがる。いつものように青白い空気と、身を切るような寒さ。いつもなら通勤ラッシュで混雑した道路はしかし、怖いくらいがらんとすいている。
目的のマンションに着いて、階段を上って、目的の203号室の前に立ってもまだ少し、異世界に迷い込んだような気分。ドアホンを押してしばらく待つと、僅かな物音のあと、ドアが開いた。
「お。お帰り、寒かったろ」
「……うん」
何故か気後れしてそれしか言えない慧斗を、乾はいつもと変わらないにやり笑いで迎え入れた。手のひらで撫でられた頬が、じんわりと温かくなる。
「明けましておめでとう」
「おめでとう、ございます」
「雑煮食おうぜ、もうすぐできる」
「あ、うん」
帰る前にメールするようにって言われていたから、きっと作って待っていてくれるんだろうなと思っていた。ので、あまり驚いたふりをするのも白々しいけど、だからって当たり前みたいな顔もしたくない。慧斗は手に持ったビニール袋を差し出した。
「乾さん、これ」
「――お、日本酒じゃん」
「店に売ってるやつだけど。せっかく正月だし……と思って」
「いいね。んじゃ、日本酒でしっぽり正月といきますか」