伝統的な日本企業で営業職に就くということは、年末恒例、取引先との連夜の忘年会を避けられないということだ。全てを終えた達成感と安堵感から、帰宅するなりベッドに倒れ込み、休暇初日の朝は激しい二日酔いと共に迎えた。
「毎年、この時期で一年分の八割くらい呑んでる気がする……」
ソファにぐったりともたれながら、ぼやく。
「無理はしないで」
「うん、だいじょーぶ。こういうの得意だから」
キッチンから耳に心地よい声が届くのに、頷く。元々大して酒に強いわけでもない。我ながら、要領だけでよく乗り切っている。声に遅れてこちらへ戻って来たノアは、手にしたカップを摂に差し出した。
「熱いからね、気をつけて」
ふわり、爽やかな香りの湯気が鼻腔をくすぐる。白いカップの中に目を落とすと、ほんのりピンクに色づいていて、花びらのようなものが泳いでいる。
「ありがと――きれい。これなに?」
ソファの右側がずっしりと沈む。ノアは微笑み、眼鏡の奥の黒い瞳を悪戯っぽく回した。
「梅干しに熱湯を注いで、潰しただけ」
「ほんとに?」
「ええ。二日酔いにはこれ」
「もしかしなくても、ノアも時々お世話になってる?」
「時々、ね。実は自分で作るのは初めてだけど」
「箱入り息子め」
「返す言葉がありません」
少々の当てこすりなどには動じない、ゆったり笑う気配を感じながら、カップに息を吹きかけつつ口を付ける。甘酸っぱさが口の中に広がり、火傷寸前の熱い液体が喉を伝って胃の中へ入ってくる。労りと幸せの軌道だ。
「はー、愛情感じるなあ」
知らず歌うようなせりふが口をつき、摂は逞しい肩に頭を預けた。