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9.

 灰皿の上でひっそり燃えていた煙草を揉み消し、紙束とパソコンを雑然と広げた炬燵を壁際へ寄せる。万年床でないだけましだろうと言っていつも重ねたまま半分に折りたたんでいる布団は、だから、ぱたんと開くだけでいい。大雑把にしつらえられていく部屋を見ていられなくて、俯いたままもぞもぞとジャケットを脱ぐ。脱いだのはたったそれだけなのに、裸になってしまったような心細さと恥ずかしさに襲われる。もしかして同じように照れくさく感じているのかもしれない、無言の丈に手を引かれて布団へ上がりながら、日夏は少しだけその手を引き戻した。
「あの……シャワー」
「どこまで俺を試したいんだ」
 上から降ってくる微苦笑を見上げると、丈の笑い顔はすぐに近づきすぎて見えなくなる。首筋を這う高い鼻筋に、堪らず目を瞑った。
「嫌か?」
「……嫌じゃない、けど」
 絡む指を解く気なんてないくせに、まだ、まごついている自分がいる。
「俺……きれいじゃない、から」
 丈を好きになってから、ずっとそのことが嫌だったし、恥ずかしかった。
「なんだそれ」
「ほんとのこと」
「まあ……俺にとってはどうでもいいことだが、お前はそうじゃないんだろうな」
 やはり微苦笑の息が耳たぶにかかり、軽いキスが施される。
「……嫌じゃない?」
「言ったろ、どうでもいい」
 丈は吐息混じりに低く言って、おもむろにトレーナーを脱ぎ去った。現れた上半身は、古代の彫刻のように美しかった。広い胸板に手を伸ばし、張り出した筋肉の下、生命の振動を尋ねると、応えるように、ドクン、ドクン、と力強い鼓動が打ち返してくる。丈の手が日夏のTシャツの裾をたくし上げ、無言の仕草に命じられるまま腕を上げると、一息に引き抜かれた。
 貧相な肩を撫でてくれて、キスをしてくれて、ゆっくり抱きしめてくれる。
 その逞しい胸の中で、日夏は口ごもった。
「背中……見ないで」
「どうして」
「タトゥー……消しちゃいたい……」
 彼の前で裸になりたくない、一番の理由だった。
 一生に一度の恋愛をしている気でいた。無知で、馬鹿だった。獅子座は自分の星座であり、ひとつ違いの恋人の星座でもあった。だから、その刻印だった。
「ああ。それもいいな」
 丈は日夏の懺悔にごく軽く頷いて、左の肩甲骨を撫でた。そのまま力強い腕に支えられ、重力を無視して背中からゆっくり落ちていく。柔らかく、冷たい布団の感触。後頭部に添えたられた手が抜けて、淡い影が差す。
 西向きのこの部屋に、たっぷりと太陽の注ぐ、昼下がりだ。
 表の道路を車が走り去る排気音とか、近づいて遠のく誰かの足音とか。
 カーテンの隙間から明るい光を浴びて産毛を輝かせた丈が、覆いかぶさってくる。
「いいな?」
「……うん」
 これから抱かれるのだ。その予感だけで、身体がもうこんなに悦んでいる。
 大きな手が、優しく日夏の顔を撫でる。
「すっかり消えて、よかった」
 一瞬何のことかわからなかった。硬い指の腹がたどるのが、今はもうない痣のことだと思い出させる。痣なんてしょっちゅうだったから、丈がいつもそれを気にしているのが不思議だったし、くすぐったかった。
「……へいき、慣れてるから」
「もう言うな」
 静かに命じた丈が、日夏の前髪を慎重に避けて、額に唇を押し当てる。
 身体じゅうがどきどき脈打って、冷たいのか熱いのかもうわからないけど、大切に扱われているこという確信が触れ合った部分から電流のように流れ込んでくる。
「……んっ」
 丈の唇がそろりと頬を伝って、顎の付け根あたりでちゅっと音を立てる。首筋、鎖骨の一番尖ったところへも音を立ててキスをして、それから、乳首を柔らかく食む。
「……あ」
「嫌か?」
「嫌じゃない……けど、胸、ないのに」
「あるだろ、ここに」
 失笑と同時に舌先で潰されて、びくりと腰が跳ねた。
「んっ」
 膨らんでもいなければ柔らかくもない胸を、丈は片方ずつ丁寧に扱ってくれた。舌先で潰して、軽く歯を立てて、きつく吸われると、徐々に充血して硬くなっていく。愛撫を受けるばかりでは抱き合うことにならないから、身悶えながらもおそるおそる丈の突起を探す。指でこすると彼は少しくすぐったそうに笑って、しかし日夏を咎めなかった。
 時折当たるスウェットの下半身は、今もう鋭いくらい高く張っていて、それはジーンズの中で苦しがっている自分も同じだ。輪郭を確かめるように生地の上から触れると、怯むほどの質量が押しつけられる。丈が上半身をそうしたように頓着なく下着ごとズボンを下ろすと、臍下の黒々した茂みの奥から、大きなペニスがこぼれ出た。
 逞しい彼の、まさに分身と言える雄々しさだった。全体が赤く腫れて、先端までくっきり形が浮かび上がっている。
「……すごい」
 思わず呟くと、
「バカ」
 笑われる。
 それから丈は日夏のジーンズのボタンを外し、ファスナーを下ろすと、やはり下着ごとぐいぐいと両脚同時に抜き取ってしまう。空気にさらされた下半身が急に寒々しくて、でも、比べようもないけれど自分も大きくなっている。
「お前のは」
「言わないで」
「なんで」
 咄嗟に閉じた太腿は、軽々と開かれてしまう。
「お前のは、かわいいな」
「あ」
 じゅわっと集まった感覚と同時にばね仕掛けのように跳ねて、丈はそれを見て満足げに頷くと、日夏のペニスを口に含んだ。
「やだっ……」
「嫌?」
「だって、きたない」
「きれいだよ」
「……そんなの、あっ、あぁ」
 ちかちかする目を必死に開けて、股の間でうごめく頭を掴むが、丈はそんな抵抗など意に介さず口をすぼめる。ぬるりとした音が立ち、口腔の感触と粘膜の温かさに、みっともない息が上がった。
「ふ……う…………んっ、んっ」
 下腹がぴくぴくと震える。
 何度も口の中で往復して、ぱくりと口を開けて、大切に先端だけを舐めて日夏を泣かせる。同じ性だから容易くわかる、なんて理由だけではないだろう。いつもこんなふうにしてもらっていたんだろうか、とか、この状況でも嫉妬できる自分に呆れる。
 日夏を咥えたあとのぬめった唇と、そのままキスをするのも全然嫌じゃなかった。
「……おれも」
 丈の引き締まった身体によじ登り、ごわついた茂みに顔を埋める。
「ん」
 大きなペニスを頬張ると、かすかに動物の雄のにおいがして、それだけでまた下腹が疼くようだった。喉の奥まで届いてもまだ余るのじゃないかってくらい、大きくて、長い。
「日夏」
 気持ちよさそうに名前を呼んで、髪を撫でてくれる。
 作業でない、奉仕でない口淫は、こんなに悦びがあるんだ、と思う。息苦しいのに、止められない。苦くてえぐいのに、おいしい。
 丈の大きな手が、日夏の背中を、腰を、尻を撫でる。やがて、尻たぶの間に指が忍び寄る。予感だけできゅっと閉じてしまったそこが緩むまで待って、ほんの五ミリ、一センチ押し込める、それだけで自分にとっては特別な愛撫だった。
「……あ……あぅ…………」
 こんなに感じてしまうのは、久しぶりだからじゃない。
「丈さん………」
 甘い誘い文句なんて思いつかない。絶え絶えに息をつくだけの日夏を再び布団に寝かせると、丈は炬燵まで少し身体を伸ばして小さな容器を手繰り寄せた。
「悪い、これしかない」
 大抵は炬燵の上に転がっていて、洗い物のあとや唇がかさついた時なんかによく借りる、ワセリンの容器だ。
「……うん」
 人差し指でそれをすくった丈が、まずは周囲に円を描くように塗って、ゆっくりと中へ塗り込める。手つきはひどく丁寧だった気もするし、乱暴だったかもしれない。身体も脳も、もう、欲しくて、欲しくて、早く、早く、とばかり考えていたし、もしかしたら何度か声に出して願った。
「ほしい、よ」
 膝がぐっと押し上げられる。
 剥き出しになったそこに丈の濡れた先端が触れ、
「あぁ……」
 膨大な質量が内臓を押し広げた。
「きついな」
「おっきい……」
「痛いか?」
「ううん、へいき……」
「動くぞ」
「うん」
 触れていた体温が離れ、弾むような力強さで打ち付けられる。
「――あぅ」
 甲高い悲鳴を上げてしまったと思った次の瞬間にはまた打ち付けられて、また、悲鳴が喉をせり上がった。
「あっ、あっ」
 扇情的なダンスのように腹筋をうごめかせて、丈が腰を振る。
 肌がぶつかるたび、中が擦れるたび、音が立つ。
 ふっ、ふっ、ふっ、と苦しそうに呼吸をしながら、繰り返し日夏を揺さぶる。布団をずり上がりそうになるたび、ぐっと肩を押さえられて、奥を突かれる。
「あっ、あんっ、あっ、あっ」
 あんなに大きかったのに、まだ、大きく、硬くなっていくなんて。
 滲んだ視界の中で、丈は男らしい眉をきつく寄せて、時々堪えるように歯を食いしばって、時々、唇を震わせる。自分の身体が彼にその顔をさせ、その感触を味わわせていると思うと、痺れるような喜びが背筋をかけた。意志とは関係なく中が痙攣して、きつくすぼめばまた、丈が息を乱す。
「丈さん……っ」
 夢中で肩に縋りつくと、ふと目が合って、繋がったままキスになった。噛みつくように唇を吸い、放し、艶めかしく腰を押しつけ、また前後させる。
「お前、俺になにかしたのか?」
「おねがい、した」
「ん?」
「はつもうで……かみさま……ずっといっしょにいられますようにって……じょうさんがおれのこと、すきになってくれますようにって」
「もうなってる」
「うん」
 とっくにぐちゃぐちゃの顔に、また涙が流れた。
「――日夏」
 丈が切なく、低く呻く。
「あっ――あっ、じょうさん、おくっ」
 この身体は決して女にはなれないが、ずっと奥に、雄ではない性がある。
「おくっ、やだっ……」
 突かれるごとに脳がスパークして、持たざる性の快感が走り、身体が跳ねる。そこへ届いた丈は、躊躇わなかった。
「ここか?」
 突っ張った日夏の腕を掴んだまま、正確に叩く。
「んーっ……!」
「すごいな」
「あっ、やっあっ、あっ、やだっ」
「なんで?」
「でちゃっ」
「いいよ」
「だめっ、でっ、でちゃっ、でちゃう、よ」
「出せよ」
「ちがっ、やっ、これっ」
「どう違うんだ?」
 意味のない悲鳴の隙間から、意味もなく喚き散らす日夏に、一つずつ優しく相槌を打ちながら丈はしかし休まない。そうされるのが本当は嬉しい身体は正直で、もっと、とねだるようにぎゅうぎゅうと咥えれば、ぐじゅぐじゅと中で泡立つ。
「んーーっ」
 先端までついにせり上がった兆しに、慌てて根元を握る。堰き止めようとした手は、易々と剥がされてしまった。
「見せてくれ」
 たった一度だった。たった一度、大きな手のひらの中でごく柔らかく扱かれただけで。
「でぅ」
 呂律の甘い声と涎が口から垂れて、それから。
「おしっこ……でるっ…………」
 うわ言でそう発した時には既に、しとしとと流れ始めていた。
「や………だぁ…………」
 丈の手を濡らしながら吹き出し、日夏の腹に冷たい水溜りを作る。栓の外れた瞬間から全身の力が抜け、日夏はただ茫然と、失禁に良く似た感覚の途方もない羞恥に飲み込まれるばかりだった。徐々に萎みながら漏らし、それは最後、くったりと寝そべる。
「あ……ふ…………」
「すごいな、これ」
 感じ入ったように呟いた丈が、びっしょり濡れた手をぺろりと舐めた。
「味はないのか」
 わざわざそんなことを声に出して、唇の端を歪ませて笑うと、手近にあったトレーナーを掴んで日夏の腹を拭き取ってくれる。
「そんなの、きたないよ……」
「どうせ一式洗濯だ」
 絞れそうなほど水を吸ったトレーナーをしげしげと眺め、身も蓋もない言い方。
「お前はこれでいくほうがいいのか?」
 そしてまた、あけすけもなく尋ねるから。思わず身を捩って逃れる。射精より良い快感を覚えてしまった身体を彼に知られて、彼の口から知らされるのは、拷問だった。
「…………きかないで」
「聞かせろ。いつも、一番よくしてやりたい」
 いつも。
 何気なく、いや、意味なんてなく言ったのかもしれない。でも、鎮まらないままの気持ちと身体はあっさりまたと感じて、鼻の奥がつうんと痛くなる。日夏は慌てて、布団に顔を押しつけた。
「答えろ」
「……うん…………すき」
「わかった。努力する」
 真面目くさって言うのがおかしくて、笑ってしまう。気づいた丈もふっと笑い、二人はまたキスをした。
「俺も、丈さんに……いつも……いちばんよくなってほしい」
 少し緩んでしまった丈のペニスに手を伸ばす。そうしただけでしかし、すぐにまた怯むくらい膨らむ。
「まだ平気か?」
「うん……もっと」
 中はまだひくひく動いている。丈の一番いい時を、自分はまだ知らない。
「やべーな。溺れちまう」
「……ほんと?」
「嘘言ってどうする」
「嬉しい」
 再び、熱い塊が奥へ入ってくる。
「日夏」
「……うれしい」
 慣れた身体なんて惨めだとばかり思っていた。
 今、丈が夢中で求めてくれる。
 腕を、脚を、無理な角度で絡め取って、激しく擦って、色っぽく喘ぐ。
 ふーっ、ふーっ、熱風みたいな息が吹いて、汗が飛んで、肌が真っ赤に燃え上がっていく。
「日夏……っ」
「なか、して」
 獣のような呻き声がした。
 日夏をきつく抱きしめて、ぴったりと下腹を押し付ける。
 ぶるりと震えた一瞬のあと、勢いよく注がれるのがわかった。

 

 むせ込むような呼吸を整え、丈がゆっくりと引き抜く。尻たぶの隙間をどろりと伝って、少し零れたかもしれない。
 日夏はうっとりした気持ちで、丈を見上げた。
「じょうさんの、せいし、いっぱい……」
 この腹の中に、一億個の丈の精子が泳いでいる。
 向かう先もなくいずれは死んでしまうけど、今は、生きている。
 突っ張った下腹をさすれば、中は熱く満たされている。
 丈は大きく目を瞬いてしばらく絶句していたが、やがてその目を逸らして、小さく明後日の方向へ囁いた。
「…………バカ」

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