Novel >  KEITO >  二十二時のチョコパフェ3

3.

 行きより少しスピードを落として、アパートへ戻る。
「急にごめんな」
「ううん、全然」
「会えてよかった」
「うん」
「また電話する。メールも」
「うん」
 車はアイドリングのまま、一人で降りるように促す乾を、暗がりの中でじっと見る。
「乾さん」
「ん?」
「ねえ、これ」
「いや、ごめん、これは……」
 静かなアイドリングに混じる、困ったような微苦笑。暗がりでもわかるのだ、いつの間にか、彼のスラックスの前が持ち上がっている。
「疲れてるんですね」
 同じ性だから、メカニズムはわかる。興奮ではなく、疲労が身体をそうさせることがあるってこと。
「ごめん。ここんとこ毎晩、頭ん中ではきみを抱いてるんだが」
「……なに言ってんの」
 バカ、と小さく呟きたかったはずの唇を指でくすぐられ、すぐに唇どうしが近づいて重なる。キスは、チョコクリームとコーヒーと、かすかにカルボナーラの味もした。
「……ん」
「こら、中村くん」
 キスの合間に強張ったスラックスの生地を撫でてみたら、手を掴まれて剥がされてしまった。
「だって、乾さんが、こんなの」
「笑うなよ」
 抗議する乾も気の抜けた半笑いで、慧斗はしつこく笑いながらもう一度、今度は形をなぞるように手を動かした。単なる生理現象、それも自分とは無関係とわかっていても、こんなふうに突き破りそうなほど勃起している彼を見ることなんて滅多にないから、正直に言うと少し楽しんでいる。本当は労わってあげたいけれど、ふふふっ、と、また込み上げてしまった。
「どうしますか?このまま帰る?それとも……俺が、する?」

 

 乾をベッドに座らせ、前へ跪き、スラックスの一番強張った部分に頬ずりをする。
「こらー」
 叱責はしかしやはり笑い含みで、太腿へ置いた手に手が重なる。ゆっくり呼吸を合わせながらベルトを外し、ファスナーを下ろし、下着の中から掴みだした彼は、つやつやに光っていた。
「あのさ、ごめん、しばらく抜いてないから、やばいかも」
「やばいって?」
 口ごもる乾に構わず、舌を這わせる。
「うわ、なんか、今日変だな……俺たち」
 声を上ずらせた乾は、あっさりと二人を共犯に仕立て上げ、慧斗の頭を優しく撫でた。軽くセットされた髪の感触も、ふっと香ったにおいも、自分だけど他人みたいで慣れない。
 しなやかな形を口腔で味わう。
 くびれに舌先を入れて、先端を唇で強く吸って。茂みに頬を擦りつけて、味わい損ねないように丹念に舐める。
「腹出てきたよなあ、俺」
 ぼやくようなせりふは、独り言だったのかもしれない。けれど思わず口いっぱいの乾を放して、顔を上げてしまう。
「……そうかも」
「あ、やっぱり?」
「うん。でも、今くらいがいい」
「よくないだろ」
 あまりに隙なく恰好良くいられると、どぎまぎして、どうしようもないから。少しだらしないくらいがちょうどいいと、心から思う。元々がとてもスリムだったから、やっと普通とか中肉に近づいてきたっていうレベルだし。それに――
「だって、俺にしか見せないでしょ?」
「……甘やかすなよ」
 長い指が前髪を払い、鼻筋をくすぐってから、唇を拭いてくれる。
 慧斗は息遣いで小刻みに震える下腹をつついて、再び音を立ててしゃぶりついた。
 慧斗の髪を撫でていた手が、いつか頭をがっちり掴んで、しきりに押しつけては遠ざける動作になる。
 粘ついた音が部屋じゅうに響いて、それに、自分の鼻息と乾の苦しげな息遣いが混じる。純情なふりをしたいわけじゃないけど、これが身体に入るなんて今でも信じられないと思う時がある。血管が浮き出るほど硬く膨らんだ、容赦のない質量。これ以上咥えていたら、口の端から破けてしまうんじゃないかって。
「なあ、ケート」
 返事はできない。できないし、求められていない。
「俺、今からすげえしょうもないこと言うけど……きみはさあ」
「んっ」
「飯食ってる時より、おいしそうな顔してるぜ」
 目の前が真っ赤に昏くなる。次の瞬間、口いっぱいに噴出した。

 

 長い射精だった。
 口から溢れ、むせ込んだ慧斗の頬をかすめ、首筋を伝って胸へ垂れる。体内に溜まりに溜まっていた乾の精液は怯んでしまうくらい雄の動物の臭いがして、苦くて、えぐくて。その味と臭いが神経を痺れさせ、下着の中で甘く感じたのをどういうわけか気づかれて、仕返しとばかりに彼の大きな手で弄られて、達した。お互い脱げかけの衣服が絡みついたままベッドの中でじゃれ合って、そのうちに乾が深い寝息を立てて気持ちよさそうに眠りに落ちてしまう。シャワーに起こそうかどうか迷ったけど、結局は彼曰く少し出てきた腹を摘んで遊んでいるうちに慧斗もまたうとうとし始めて――それなのに、肌寒い夜に抱き合って眠る温かさが、恋しい気持ちをさらに灯そうとするから。夢うつつに途方に暮れてしまい、今日見た期待外れの映画のことを考えたり、明日の朝は彼より早く起きるのだと決心したりするうちに、ようやく意識を手放せたみたいだった。

END
夏頃にふと思いついて、できればかたちにしたいなあと思っていたおやつ短編もといスイーツ短編です。真夜中のファミレスデート(?)って、ちょっと特別な感じがします。いつもとほんの少しいろいろ違う二人を、お楽しみいただければ嬉しいです。
(2017.10.16)
Category :