Novel >  KEITO >  二十二時のチョコパフェ1

1.

 休日の過ごし方は、それを他人に聞かれたら答えに困る程度には特別なことが一つもない。今に始まったことではないが、平日休みのサービス業、それも不規則なシフト勤務だから一人で過ごすことがほとんどだ。まあ、それでなくとも、友達は元々少ないんだけど。なんて言ったら、俺は?と聞かれたので。友達ではないと事実を答えたら、にやついた絵文字が浮かび上がったのが昨日の話。
 指折り数えているわけではないから正確にはわからないけど、ここしばらく……ずいぶん彼の顔を見ていない。声を聞くタイミングもなかなかなく、画面の中の数時間前のメッセージをなぞってばかりだ。
 そんなわけで、いつものように一人で過ごす休日は、ようやく涼しくなった空気のおかげかぐっすり寝てしまい、午後もたっぷり遅くなって目覚めた。
 ぼんやりと煙草を吹かし、しかし今日は珍しく予定があるのだとベッドを降りる。何週間も先送りにしてきたが、襟足に、頬に、目にかかって鬱陶しい髪はもう限界だ。黒のパンツに財布と携帯を突っ込み、グレイのパーカーの上にネイビーのジャケットを羽織って、いつものローカットのスニーカーを履いて部屋を出る。バイクに跨って走るのはいつもと少し違う道で、十分ほどで行きつけの美容院に着く。腕が良いとか悪いとかそういうことはわからないのだが、美容院での会話が苦手な自分にとって、余計な会話をせずに済むというのは行きつけになり得る理由だった。
 予約なしで飛び込むので、今日もしばらく待ってから椅子に案内される。カットは毎回、前回と変わりなく。目に入れば邪魔だが、なくなってしまってはあまりに心もとない前髪だから、いつも切るのはほんの数センチだ。
 散髪の後の、今まであったものがなくなってしまった身軽さは妙で、落ち着かない。普段はつけない整髪料の匂いにも慣れず、よそよそしい気持ちのまま再びバイクに跨る。
 駅前の本屋で翻訳ミステリを吟味して三冊買い、CDショップで欲しかったアルバムを一枚買うだけのつもりが、つい視聴機の前に長居した挙句もう一枚買ってしまった。
 それから、駅から少し離れた場所へまた走る。いつの間にか日は落ち、街灯やビルの明かりがきらめいている。一際明るいライトを放つ建物が目的地で、ものぐさな自分は一度外出するとなると予定をまとめて消化しようとするんだなと他人事のようにおかしく思いながら、空席の目立つマイナー映画のチケットを一枚とホットコーヒーを買って、狭い通路の向こうの暗いシアターへ踏み入れた。レディース・デーは関係ないけど、寝坊したおかげでレイトショーの料金だったのはラッキーかな。

 

 襟首の隙間から入る風が、もう秋の次の季節を感じさせる。
 珍しくも休日を満喫してしまい、遅くにアパートに戻る。駐輪スペースにバイクを停めて、ヘルメットを外した瞬間に、アスファルトの少し湿った匂いとは違う燻った匂いが鼻先をかすめた。
 予感がした、なんて上等なものではなくて。
 アパートの横に、夜でもわかるあの青い車があった。誘われるようにベランダに面した側へ回り込むと、季節外れの蛍みたいにそれが、ぼうっと赤く点いて、消える。
 二階のベランダの柵に寄りかかってこちらを見下ろす長い影は、
「よ」
 煙草を挟んだ指を軽く降って、軽い挨拶を寄越した。
 階段を急いで上り、部屋のドアを開ける。
「おかえり」
「――ただいま。乾さん、仕事は?」
「終わったよ、さすがに」
 玄関先で出迎えてくれるのは、営業時代よりいくぶん気を抜いたスーツ姿の乾。いつものにやり笑いに、疲労の色が濃いと感じるのは気のせいではないはずだ。会えなかった理由など、彼の多忙以外にないのだから。
「あの、どうしたの?」
「なにが?」
「こんな時間に」
「あ、靴脱がなくていいよ。出かけようぜ」
 スニーカーを脱ごうとした慧斗の肩を押さえて、乾が革靴につま先を突っ込む。
「どこに?」
「ファミレス」
 驚いて見上げた先からあっさりと答えが落ちてくるが、さらに驚くだけだ。
「飯、まだなんですか?」
「飯は食ったんだが。どうしようもなくパフェ食いたくなって」
「パフェ?」
「パフェ」
 かつてない事態に混乱したまま、手を引かれて、開けたばかりのドアからまた出て、上ってきたばかりの階段を下りて。助手席に乗せられ、がら透きの国道を飛ばした先はよくあるチェーンのファミレスだった。

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