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12.

 馬鹿みたいに長いキスを終えて、身体を離すと、永久が笑う。
「神様が知らせたみたいな、タイミング」
「え?」
「出掛けようと思ってたんだ」
 そう言って、スーツケースの角を、トン、叩く。
「でもこっから空港まで禁煙だからさ。迷ったけど、最後に一本吸ってからにしようって。そしたらきみが現れた」
 特別片付いているようなことはないが、部屋は、住人の不在を予感したような旅行前独特の雰囲気がある。
「海外?」
「ん。EUをふらつこうと思う」
「鈍行で本州、は?」
 それもいいなと言っていたのは彼だ。しかし碧の質問に、永久は口元を緩め、それを誤魔化すように片手で顎を撫でた。
「国内じゃ、きみに近すぎるだろ。傷心旅行になんねーもん」
 考えもつかなかった単語に、思わず絶句してしまった。
 ふっ、永久が小さく笑い、立ち上がる。
「傷心旅行は消えたけどね…予定は変えない。しばらく戻んないけど、寂しがるなよ」
「だったらその写真、置いてってくれない?」
 ヴィンテージのジーンズの、綻びた尻ポケットに手を伸ばす。
「だめ」
「なんで」
 それをかわした永久と攻防があり――結局は手を繋ぎ合って、またキスをすることになった。
「もう行かねーと」
「うん…俺も」
 なんてことだ。すればするほど、飢える。
「あ、永久…アオは?」
「昨日から友達んとこに預けてある」
「…そっか」
「ほら。鍵閉めるぞ」
「うん」
 ドアを閉めて、階段を降りる。
 大通りまで出て、彼はタクシーを拾った。トランクにスーツケースを放り込むと、
「じゃ」
「じゃあ」
 短く挨拶を交わして、後部座席に乗り込む。永久を乗せたタクシーは、滑り出し、遠のいていった。
 ポケットの中が震える。
 ディスプレイには、舛添、の文字。定期コールだ。ふうっ、ため息とも深呼吸ともつかない呼吸をして、碧は通話ボタンを押した。
「はい」

END
長い時間お付き合いくださって、ありがとうございました。ひとまず、終わりです。今作はちょっぴり異色のテーマを扱っています。ただ、「芸能モノ」とはやっぱり呼べないでしょうね。その肝心の芸能界っぽい部分が、すっぽりと抜け落ちていますもの。消化不良をお感じになるでしょうか?
でもね、何を書きたかったかっていうと、別世界にトリップしたような碧の感覚と、二人(と一匹)の空気、なので。奇妙な同居を、楽しんでいただけたなら幸せです。
(2006.10.30)
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